オーストラリアの事実婚
− ニュー・サウス・ウェールズ州の立法を中心として −
小川 富之
はじめに
一 事実婚の概念
ニ 事実婚の現状
三 ニュー・サウス・ウェールズ州における事実婚の保護
おわりに
はじめに
オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州において、1984年10月31日にThe
De Facto Relationships Act 1984(1)(以下、D.F.R. Act と表す)が州議会を通過し、同年12月10日に
Royal Assent(女王の裁可)を得て、1985年7月1日に施行された。この法律は、事実婚の婚姻に対し制定法で保護を与えようとするものであり、法律外の男女結合を事実婚の関係(de
facto relationships. 以下、事実婚と表す)としてとらえ、法律上の婚姻(以下、婚姻と表す)に対する効果とは切り離して、事実婚に対する独自の効果を付与しようとするものである。財産を分配する際に、配偶者が主婦または親としてなした間接的な貢献をも考慮に入れるという点、扶養の命令を下す際に扶養の必要性よりもむしろ事実婚のもたらした配偶者への影響を重要視する点、同棲および別居の合意を基本的に有効なものと考える点の3つに主たる特色がある。
周知のように、オーストラリアは連邦制をとっており、連邦と州とが存在する。(2)連邦および州の立法権の及ぶ範囲は連邦憲法により定められており、第51条(3)婚姻については連邦の権限と規定されている。従って、婚姻に対しては連邦法(4)による保護が与えられることとなるが、事実婚に対しては連邦法の適用はなく、その保護は州により図られることになる。オーストラリアにおいても諸外国と同様、近年事実婚の数が増加し、この問題に対してどのように対処するかが解決を迫られた重要な問題となってきている。(5)事実婚に対する各州の対応は区々であるが、このD.F.R. Act は、そのような中にあって、事実婚に対し制定法で保護を与えようとするオーストラリアにおける最初の試みである。この試みは、単にオーストラリア国内に限らず、諸外国の注目するところであり(6)、その後、同様の立法をなす国(7)も登場してきている。
本稿においては、まずオーストラリアにおける事実婚の概念について検討し、さらに事実婚の実態およびそれに対する従来の対応を検討したうえで、ニュー・サウス・ウェールズ州における事実婚に対する制定法による保護を検討してみたい。
(1) Act No. 147, 1984
(2) オーストラリアは、6つの州と、ジャービス湾を含む首都特別地域および北部特別地域により形成されている。オーストラリアの連邦制については、日豪経済委員会「(3) オーストラリアの法とビジネス」(4) (1979年)1項以下、第1章憲法の部分に詳しい。
(5) オーストラリア憲法第5章連邦議会の権限、第51条連邦議会の立法権、21項「(6) 婚姻」(7) 、22項「(8) 離婚および婚姻訴訟ならびに、これらに関連して親権ならびに監護および後見」(9) 。
(10)
婚姻に関する連邦法としては、まず The Matrimonial Causes Act 1954 が挙げられる。これは、初めて連邦議会が憲法により与えられた権限を行使したものであり、それまで存在していた各州の離婚法を廃止し、オーストラリアにおける最初の連邦離婚法を確立した。続いて、The
Marriage Act 1961 が制定された。この法律により、オーストラリアを通じて適用される統一的な婚姻法が確立された。そして、現行離婚法である
The Family Law Act 1975 へと至るのである。オーストラリアの婚姻および離婚に関しては、これまでに詳細な研究がいくつか存在するが、比較的最近のものとしては、菰渕緑「(11)オーストラリアにおける離婚とその社会的背景」(12)(社会問題研究35巻1号)1項以下、武田政明「(13)オーストラリア家族法における破錠主義の徹底」(14)(明治大学短期大学紀要第30号)29項以下、森田三郎「(15)オーストラリアの離婚」(16)「(17)現代家族の機能障害とその対策」(18)(ミネルヴァ書房、1989年)289項以下、などがある。
(19)
この問題については第3回国際家族法学会の世界会議で「(20)同(21)棲」(22)というテーマのもとに議論された。そこでの報告については John
M. Eekelaar, Sanford N. Kats eds., Marriage and Cohabitation in Contemporary
Societies (butterworths, Toronto, 1980)参照。なおそれについては、島津一郎「(23)家族関係の契約化について−(24)「(25)身分から契約へ」(26)の意味するもの−(27)」(28)「(29)現代家族法体系1」(30)(有斐閣、1980年)32項以下に世界会議での報告がまとめられている。
(31)
オーストラリアにおける制定法による保護については、Brenda M. Hoggett, David S. Pearl, The Family
Law and Society-Cases and Materials 2nd ed. (Butterworths, London, 1987)
の第8章 Cohabitation p. 298.で、オーストラリア式の解決方法として紹介されている。他には、Wolfram Muller-Frainfels,
Cohabitation and Marriage Law-A Comparative Study, International Journal
of Law and Family, v. 1, no. 2 (1987), p. 273. 以下参照。
(32)
スウェーデンの内縁夫婦の財産関係を規定する立法を紹介するものとして、菱木昭三郎「(33)スウェーデンにおける内縁夫婦の財産関係に関する法律について」(34)(家庭裁判月報40巻6号)1項以下参照。
一 事実婚の概念
一 婚姻との相違
オーストラリアでは、婚姻の成立要件は連邦法により規定されており、現行法上婚姻が有効に成立するためには、所定の実質的要件(1)を備えたうえで、資格を有する祭式執行者(1)(Celebrant)により儀式が挙行されなければならない。(3)このような婚姻の成立要件を欠く関係は、婚外関係とされてきた(4)。ところが、このような関係の中にも法律的には婚姻とされないが、一人の男性と一人の女性が自由意思により安定した家族的基盤に基づき共同生活を送っているという意味で、典型的な婚姻と類似する関係が存在することが認識されるようになり、そのような婚外関係を法律上の婚姻ではないという理由だけで全く法の外に放置しておくことに疑問が持たれるようになってきた(5)。確かに、今日においても婚外関係は、たとえそれが典型的な婚姻と類似のものであろうと法律上は婚姻としては扱われていないし、その意味では保護は与えられていない(6)。実際、The
Family Law Act 1975 においては、いかなる保護も与えられていない。しかし婚外関係にある男女のうちで典型的な婚姻と類似する関係に何らかの法的価値を認めようと考える者たちは、そのような関係が社会的には婚姻と同様に扱われるようになってきた点を強調する(7)。
今日のオーストラリアにおいては、儀式を経て有効に成立した婚姻であれば、それは配偶者の死亡または婚姻の解消によって終了するまで婚姻として存続するという考え方がとられており、その際、共同生活の有無、相互扶助、子供の養育などの事実は、法律上有効な婚姻であるかどうかという点では問題とされていない(8)。従って、婚姻の儀式の有無が法律上の婚姻とそれ以外の関係を厳然と画していることになる(9)。婚外関係がいくら典型的な婚姻と類似したものであっても、また社会的には婚姻として扱われていても、婚姻の儀式を経ていないかぎり法律上は婚姻として扱われることはない。そこで、学者は法律上の婚姻とは別に、社会により承認された継続する関係で、典型的な婚姻に類似する関係が存在することを認識し、このような関係に対し法律上の婚姻に対して与えられる効果としてではなく、その婚外関係に対し独自の法的効果を与えることを主張する(10)。このような状況の下で、独自の効果を付与すべき婚外関係を定義する必要性が生じてきた。そのような独自の効果を付与すべき関係を表す用語として「事実婚(De Facto Relationships)」という表現が今日用いられるようになってきた(11)。
二 事実婚の証明
1984年に連邦家庭裁判所(12)において、初めて事実婚の定義が示された。それによると、@男性と女性との間の関係であること、A長期間継続する意思があること、B夫と妻として一緒に生活すること、の3つの要件が事実婚の要件として示された(13)。この定義において問題となるのは、「夫と妻として一緒に生活すること」という3番目の要件である。これは婚姻の効力としての同居・協力・扶助義務を満たしているかどうかということである(14)。
儀式を経た正式な婚姻であれば、婚姻の効力である同居・協力・扶助義務を欠いても、婚姻の存在を認められる。例えば、近い将来一つ屋根の下で一緒に生活する可能性がないとしても、夫婦が互いにそれを認め合っていれば婚姻は維持される訳である(15)。ところが事実婚に対しては、それとは逆の対応がなされる。つまり、事実婚は容易にその関係を結べ、容易に解消できるので、事実を重視しなくてはならないということである。換言すると、婚姻においては形式が重視され、事実婚においてはまさしく現在の事実が重視される訳である。従って、その結びつきに対する当事者間の認識または社会一般の承認よりも、一つ屋根の下で生活しているという事実の方がより重要な要件と考えられる(16)。判例でも、事実婚というためには、「性的交渉、同居、相互扶助、子供の養育、夫婦であることの公認」という要件が全て満たされなければならないと判示する(17)。
次に制定法上の定義をみてみよう。ニュー・サウス・ウェールズ州のD.F.R.
Act は事実婚の定義として、@一人の男性と一人の女性との間の関係であること、A現在一緒に生活しているか、またはかつて一緒に生活していたこと、B誠実な家庭的基盤に基づく夫と妻であること、C婚姻していないこと、の4つをその要件として規定している(s.
3(1))。
両者の要件につき比較的検討してみると、まず第一の要件は共通である。これは生物学的な意味での一人の男性と一人の女性の関係であり(18)、同性愛者の関係や、複合的な異性愛者の関係は含まれないということである(19)。次に、連邦家庭裁判所のAの要件は、D.F.R. Act のAの要件では緩和されて、「現在一緒に生活しているか、またはかつて一緒に生活していたこと」となっている。これらの要件に関しても、それほど問題はないと思われる。その関係が現に継続しているという事実または継続していたという事実と、一時的な関係を意図したものではないという事実を示せば足りると思われる(20)。D.F.R.
Act のCの要件は連邦家庭裁判所の要件にはないが、事実婚ということから当然なことだと考えられる。問題となるのは両者の第Bの要件である。連邦家庭裁判所のBの要件とD.F.R.
Act のBの要件は内容的にはほぼ同様だと思われる。この要件を満たすために要求されるのは、(a)一つ屋根の下で生活するということ、(b)同じ家に居住する期間、(c)(夫婦の間の)子供の養育、(d)婚姻費用の負担、(e)家庭における役割分担、(f)夫婦間の精神的なつながり、(g)性的交渉、および(h)意思、という点である(21)。
これらの点をふまえて、裁判所はその当事者の主張、例えば夫婦の一方が一貫して事実婚の生活を否定し続けてきたというようなことを考慮する。しかしながらそのような主張も、他の要件が存在する場合には重要性が低くなる。実際、事実婚の関係で生活しているということに対する異議申し立ては、他の要件が全て満たされているような場合には認められない場合が多い(22)。
(1) 実質的要件としては、婚姻意思が合致すること(The Marriage Act 1961 s.
23(1)(d))、婚姻年齢に達していること(s.11)、(s.23(1)(a)) 婚姻が禁止される(s.23(2))、未成年者についての親または貢献者の同(2) 意があること(s.13)、を備えなければならない。
(3) 資格を有する祭式執行者とは、「(4)公認の宗教の牧師(The Marriage Act 1961
s. 26)、各州の婚姻の登録官(registry officials, s. 39(1))、または資格を有する民間の祭式執行者(other
civil celebrants, s. 39(2))」(5) のことである。詳しくは CCH, Guide
book to Australian Family Law 6th ed. (CCH, Australia, 1985), p. 9. 以下参照。
(6) The Marriage Act 1961 s. 41. 婚姻の儀式はいつどこで行ってもよいが
(The Marriage Act 1961 s. 43)、その儀式には少なくとも2人の成人の証人が立ち会わなければならない(s.44)。
(7) このような婚外関係に対しては、従来から様々な表現がなされてきた。例えば、de facto marriage,
cohabitation, informal marriage, non-ceremonial marriage, living common
law などがある。従来からコモンローは、このような関係を法律的な関係として認めていなかったので、従来に応じてさまざまな表現がされてきたわけである。John
H. Wade, De Facto Marriage in Australia (CCH, Australia 1981), p. 1.
(8) Anthony Dickey, Family
Law (The Law Book Company Limited, Australia, 1985), p. 181.
(9) P.E.Nygh, Guide to the
Family law Act 4th ed. (Butterworth, Australia, 1986), p. 21.
(10) 代表的な学者として John H. Wade(シドニー大学教授、家族法)が挙げられている。H. A. Finlay,
Family Law in Australia 3rd ed. (Butterworths, Australia, 1983), p. 84.
(11) Dickey, Family Law, p.
181.
(12) Finlay, Family Law in Australia
3rd ed., p. 84. その意見を代表するものとしてWade教授の考え方が紹介されている。教授は、無効な婚姻も習慣ならびに古いコモン・ロー・マリッジおよびキャノン。ロー。マリッジに基づき承認されるべきであるという考え方には反対している。その理由としてはオーストラリアの初期の一時期を除きコモン・ローおよびキャノン・ローが機能していたことがないということと同(13)時に、法律上の婚姻の地位が脅かされることになるということを主張する。Wade教授の考え方に対しては、連邦裁判所の裁判権の問題として無効な婚姻についても連邦の裁判所で扱い得るという点と、他の法律、例えば労働法の領域または社会保障法の領域で無効な婚姻についてもある一定の効果を与える規定があるという点とが反論として出されるが、教授は、無効な婚姻に連邦の裁判権を
及ぼし得るのは、それが儀式により有効に成立したか否かということを判断する場合に限られ、他の法律で無効な婚姻につき一定の効果を与えるのはそれが婚姻であるから与えるのではなく、その事実に対し効果を付与しているのであり、法律上婚姻の地位を与えられているのではないと答えている。
(10)Dickey,
Family Law, p.184. ; Finlay, Law in Australia 3rd ed., p. 84.
(11)Dickey,
Family Law, pp. 181-196 ; Finlay, Family Law in Australia 3rd ed., pp.
345-381.
(12)オーストラリアの家庭裁判所に関しては、野田愛子「家庭裁判所制度抄論」(西神田編集室、1985年)264項以下参照。
(13)In
the Marriage of L (1984) 9 Fam LR 1033 Family Court Australia-Full Court.
この定義をする際に New South Wales law Reform Commission, Report on De Facto Relationships
(1983) p. 308. での定義を参考にしている。この報告書は制定法上の定義として次のように提案している。「事実婚とは、一人の男性と一人の女性が法律上には婚姻していないが、夫と妻として誠実な家庭的基盤の上で一緒に生活する関係である。」その理由として、従来の制定法でとられている考え方と一致すること(例えば、The
Social Security Act 1947)、1982年現在裁判所によりとられる考え方と一致すること、の2つを挙げている。
(14)前出注(13)。
オーストラリアにおいては、婚姻の法的効果は
consortium vitae と呼ばれ、それには、性的交渉、同居、相互扶助、子供の養育、互いに相手を配偶者と公認すること、が含まれる。Dickey,
Family Law, p. 215 ; DDH, Guide book to Australia Family Law, p. 29. 参照。
(15)Frank
Bates, An Introduction to Family Law (Law Book Company Limited, Australia,
1987) p. 40. 一方が承諾しないと、それは婚姻解消の問題と成る。In the Marriage of Pervey (1976)
1 Fam LR 11, 358. 参照。
(16)Bates,
An Introduction to Family Law, p. 40.
(17)前出注(13)参照。
(18)Corbett
v. Corbett (1970) 2 All ER 33. これは性転換をした男性が男性と婚姻した事件で、裁判所は「男性と女性とは生物学的な意味での男性、女性ということである」と判示した。
(19)Carol
Foreman, Stephen O’Ryan, Guide to the De Facto Relationships Act New South
Wales (ButterWorth, Australia, 1985), p. 15.
(20)前出注(13)参照。この判例においても、一人の男性と一人の女性の関係であり、それが永続的に続くことを意図そたものであるという2つの事実は容易に認定されている。
(21)詳しくは
Foreman, O’Ryan Guide to the De Facto Relationships Act New South Wales,
p. 15. 以下参照。
(22)In
the Marriage of Pavey (1976) 1 Fam LR 11, 358.
二 事実婚の現状
オーストラリアでは、近年男女結合の数が著しく増加してきている。しかしながらごく最近まで法は婚姻制度を堅持し、男女結合に対し婚姻とはっきり区別して扱うことで、不道徳を思い止まらせるという考え方を採ってきた。その背景には婚姻関係を罪悪であると考えるキリスト教道徳と、それを社会的逸脱であるとする市民社会の倫理観ととがあった。(1)しかし、制定法および判例の中で徐々に事実婚を認める動きが現れてきた。
本章においては、まずオーストラリアにおける事実婚の実態を
Australia Bureau of
Statistics が1982年までに行ってきた統計資料(2)に基づいてき明らかにし、次にその原因について分析を試みたい。さらに1984年にニュー・サウス・ウェールズ州においてD.F.R.
Act が制定され、オーストラリアにおける事実婚が制定法によって保護されるようになるまでの対応を概観する。
一 事実婚の実態
1971年の国勢調査によると、全妻帯者の少なくとも0,6%の者が事実婚であると報告されている。この数字は1976年には約2,2%に増え、それが1982年の調査では4,7%に達している。この数字は20歳以上65歳未満の現在婚姻関係にあるものを除いた全ての男女の約12%にあたる。この急激な上昇は単に事実婚の統計的な数字の上昇を意味するだけではなく、その背後にある社会の変動、つまりそのような結びつきを社会が肯定的にとらえるようになって来ていることを物語っている(3)。ヨーロッパやイギリスおよびアメリカ合衆国においておこってきた家族形態の変化と同じ傾向を示すものであると思われる(4)。
オーストラリアにおいても、諸外国と同様に婚外結合の多くは若い世代で生じている。
Australia Bureau of Statistic の調査が示しているように、事実婚当事者の58%は30歳未満の若者である。これに対し婚姻当事者の中で30歳未満の若者は18%である。30歳以上50歳未満の者についてこれをみてみると、事実婚当事者の34%、婚姻当事者の46%がこの世代である。50歳以上の者については、事実婚当事者に占める割合は8%、婚姻当事者に占める割合は36%になっている。10年単位で区切ってみると、15歳以上25歳未満の世代で事実婚関係で生活する者の比率が高い。加えて、事実婚当事者のうち63%が婚姻経験の一度もない者である。以上のような統計が示すものは、急激に増加した事実婚は主として若者たちの世代、そして婚姻経験の無い者たちの間で発生して来ているということである。さらに50歳以上の者たちの間にもかなりの数の事実婚の存在が認められたということである。
続いてこのような増加を引き起こした社会的要因というものを検討してみたい。まず第一の要因は、性に対する寛容的な態度である。つまり、婚外結合に対する社会の非難が減少してきたということである。
次に婚姻に先行する同棲の増加である。これは試婚または経済的および精神的に婚姻をする確信が持てるまで現状を維持するという考え方の増加である。 Institute of Family Studies(6)が18歳以上35歳未満の事実婚当事者を対象として行った調査によると、多くの者(男子の3分の2、女子の4分の3)が、現在の相手と婚姻をするかどうかわからないが、一応婚姻を前提として同棲していると答えている(7)。また彼らは婚姻を遅らせる理由として経済的な事情を挙げている。実際に、婚姻適齢期にある者で婚姻をしていない男子は社会的地位の低いものまたは失業者の者が多い。
第三に、以上の婚姻の失敗である。事実婚が婚姻の経験のない若者の間で多い一方で、別居したり離婚したりした者の間でも多い傾向にある。別居した者の17%、離婚した者の19%が事実婚の関係にある。この数字は1度も婚姻したことの無い者については8%である。経済的な不安定以外に前の婚姻の経験というものが大きな要素として存在しているのである。つまり以前の不幸な婚姻の経験のため新しい婚姻関係に入っていくことに躊躇しているのである(8)。オーストラリアにおいては婚姻経験のある者は正式な婚姻のリハーサルとして同棲を利用する傾向が強いようである。
以上のような要因で過去10年余りの間に事実婚は増加しつづけてきたわけであるが、これに対して伝統的な考え方を維持する者から、事実婚の増加は婚姻率の低下、家族の崩壊、片親家族での子供の成長等の問題を発生させると批判されている。事実婚当事者は、婚姻関係にある両親を比べてお互いの献身度が低く、それ故その問題は不安定で永続的でないという考えがその批判の根底にあるようである。それではその批判が正しいものであるかどうか、ここ10年余りのオーストラリアにおける動向を検討してみる。
オーストラリアにおける事実婚の継続期間をみると、1982年の
Australia Bureau of Statistics
の統計によれば、全事実婚の59%が2年以上継続するものであり、43%が3年以上継続するものであった。このことと同棲をしているものの中に将来結婚する意図のある人々の比率が高いということを総合して考えると、オーストラリアにおける同棲は法律上の婚姻に至る過渡的な段階を示しているようである。
Institute of Family Studies の推測によると、同棲している若者たちは子供を持つ経済的精神的準備ができるまで婚姻を延期しているということである。この推測が正しいとすれば、婚姻率の低下というよりもむしろ平均婚姻年齢および平均出産年齢が高くなるという結果をもたらすということになる。実際、事実婚当事者の36%が養育中の子供と一緒に生活している(前の関係の子供を含む)にもかかわらず、現在の関係に入ってから自分たちの子供を出産しているのはほんの一部(18%)だけである。
1971年以来、子供を含んでいる事実婚の絶対数は上昇しつづけているが、事実婚全体に占める割合は、1971年の61%、1976年の49%、1982年の36%というように年々低下してきている(9)。この低下は、同棲はしているが婚姻まで出産を延期している一度も婚姻関係のない若者が増加しているということを反映しているのである。従って、事実婚の増加が婚姻率の低下、家族の崩壊、片親華族の増加、を引き起こしているという考えは根拠が薄いように思われる。
二 事実婚に対する従来の対応
最近までは、判例および制定法とも、事実婚に対する社会的不承認を反映してきた。事実婚は、法がそれを承認することは婚姻の神聖さを破るものであるということを根拠に反対されてきた。事実上の配偶者間でなされた財産上の問題に関する合意は、売春のための合意同様強制し得ないものであった。裁判所は、そのような不道徳な契約は、その不道徳性が公共の利益に反するとの理由で無効としてきた(10)。さらに、配偶者を保護する制定法の規定も、婚姻関係に限られてきた。たとえ長期間にわたって一緒に住んだとしても、たとえ社会的には夫婦として扱われていても、制定法の規定は事実上の配偶者には適用されなかった。遺言を残さずに死亡した者の事実上の配偶者は、たとえその者に相続人のいない場合であっても、死亡した者の財産に対し時分を認められることはなかった。同様に、扶養者が仕事上で怪我をしたり、死亡したりした場合でも、その者により扶養を受けていた事実上の配偶者は労働補償金の付与を受けることはできなかった(11)。
事実婚を法律外の不道徳な関係であるとして排除する考え方はその子供にも反映されていた。事実婚の子は、たとえその両親の関係が長期間安定して継続する場合でも、婚姻関係にない両親から生まれた婚外子一般と同様に、非摘出子として扱われた。婚外関係から出生した子供を非摘出子として扱うことは、婚姻の制度を維持するために欠くことのできないものであるとかんがえられていた(12)。
制定法による事実婚の保護はまず社会的立法の分野で登場してきた。
The Commonwealth War Pensions Act 1916 は、戦死者または戦傷病者である軍人の事実上の妻に年金を付与する規定を設け、初めてその保護を事実婚に拡大した。また、怪我をしたり、志望したりした労働者により扶養されていた事実上の妻に対して補償を与えるものとして
The New South Wales Compensation Act 1951 も制定された(13)。
それ以降、連邦法および州法で徐々に事実婚に対する保護が拡げられてきた。連邦社会保障法の領域では、例えば、 The Widows’ Pensions Act 1942 が、部分的にでも男性により扶養されてその男性が死亡する前継続して誠実な家庭的基盤で三年間一緒に生活していた女性に寡婦年金を要求することを可能にした(s.
4)。州社会保障法の領域では、例えばニュー・サウス・ウェールズ州で、事実上の妻は1951年から労働者補償の保護を与えられてきていたし、1981年からは事実上の夫もその保護を与えられるようになった(The
New Workers’ Compensation Act 1926)。このようにして1980年代初頭までには事実婚の保護は社会保障法のほとんどの領域に及んでいた(14)。しかしながら、注意しておかなければならない点は、このような社会障立法は、事実婚を婚姻と同等に扱おうとしたのではないということである。つまり、個々の法律がその目的のために一定の定義の下に、事実婚に対し個別の効果を付与するものであったということである(15)。
裁判所の判決においても事実婚に対する保護を拡げる努力がなされてきた(16)。しかしながら、オーストラリアにおける裁判所の保護には限界があった。まず第一に、事実婚当事者間の財産上の紛争に関しては、裁判所は第3者間の財産上の紛争と同様に一般原則によらざるを得なかった。 The Family Law Act 1975 は夫婦間の公平な財産分配を実現するよう裁判所に広範な裁量権を与えるものであったが、それは婚姻についてのみ適用され、事実婚当事者には適用されなかった。一般法は、公平な見地から事実婚当事者間の財産上の権利を変更することを認めていなかった。一般法の原則によると、裁判所は法律上正当な権限に従って財産を分配するとされていたので、財産がどちらか一方の名義であれば衡平法上の原則が適用される余地の無い限り、その財産上の権利が裁判所によって認められることになるのである。事実婚継続中に夫婦の財産が獲得され、その獲得および維持・改善について当事者双方が直接的貢献をしていても、その財産はどちらか一方(通常は夫)の名義になっている場合が多く、それに加えて事実婚当事者の一方(通常は妻)が家事労働をしているような場合の間接的貢献および事実婚が解消された際に配偶者の一方が財産(例えば家屋)に対して緊急の必要性を有するという事実が、裁判所に対して確立された財産権の変更をなす裁量権を与えることにならないということは、財産に対して法律上の権利を有しない事実上の配偶者に著しい不公平をもたらした(17)。そこで裁判所は事実婚解消の際の財産の衡平な分配のためにいろいろな技術を駆使することになる。
復帰信託および立替の推定(presumption
of resulting trust and advacement )という理論を事実上に応用することが考えられた。この推定が働くのは、約因(consideration)なくして一方から他方に財産が移転されたような場合や、買主が売主に代金を支払いその財産の名義を自分を介さずに他の者の名義に変更することを、約因なくして命じられたような場合である。この場合には譲渡人または買主の信託の下に譲受人が財産を保有するという推定がなされるのである。この理論で事実上の配偶者を保護しようとした訳であるが、裁判所は事実上の妻の利益となるようには推理されないという立場をとった(18)。
当事者双方の行為から信託の成立を認める復帰信託(resulting
trust)という理論も用いられた。事実上の配偶者の一方の名義で購入された財産に他方が直接財産的貢献をなす場合には、その負担部分と等しい復帰信託の成立を認める訳である。復帰信託の成立を裁判所が認めるたまには、法律上の所有権を有しない者がその財産の獲得のために直接財産的貢献をなしたということを証明することが要求された(19)。しかしながら、財産の獲得のために直接負担をなしていない場合には、復帰信託の法理は適用されない。たとえその財産の維持・改善のために貢献していても家計の支出をなしていても、その財産を購入するための借入金の返済をなしていても、復帰信託による救済を求めることはできないのである。
次に、正義公平の要求があり場合にはいつでも法によってその成立が認められる法廷信託(constructive trust)による救済に頼ることになる。法廷信託が成立するためには、その財産に関し口頭または何らかの行為によって証拠づけられる共有の意思の形成があったこと(20)。その財産に対し自分が利益を受けるという期待の下に貢献をなしたこと、財産に対し主張されている権利を否定することは、詐欺行為となること(21)、という3つの要件が必要とされた(22)。従って法廷信託による救済を求めようとしてもこれらの要件を満たすことは困難な場合が多かった。事実婚継続中に使用される財産について当事者間でその意思を議論するということはまれであろうし、仮に議論がなされたとしてもそれが問題となるのは関係解消後であるから、その段階で権利を主張する者が共有の意思を証明するのは不可能なことが多かったし、たとえ維持・改善のために支出をなしていたとしても、それが当該財産に対して利益を受けるべき期待の下になされたものであると裁判所に証明するのも困難な場合が多かった(23)。裁判所によるその信託に対する受益者の権利の解釈も消極的であった(24)。
このようにオーストラリアにおいて裁判所は、財産上の紛争に関して他のコモン・ロー諸国に比べて消極的であった(25)。配偶者の一方(通常は妻)が家事労働をしている場合や家計支出しかなしていない場合はもちろん財産の維持・改善および借入金の返済という形で間接的にしか貢献していない場合は、財産上に自分の権利を認めてもらうのは非常に困難であったし、仮に直接的な貢献をしていても自分の権利を認められない場合も生じ、オーストラリアにおいては財産上の紛争について判例上不公平が残されていた(26)。
次に、扶養の問題に関しても婚姻関係にある者はThe
Family Law Act 1975が適用され、解消後はもちろん婚姻継続中であっても、扶養の必要性がある場合は相手方にその請求をなすことが認められていたが、事実婚には適用されなかった。従って、たとえ相手の子供を養育する親がそのために労働をすることができない場合であっても、相手方に扶養を求めることはできず、社会福祉に頼らざるを得なかった(27)。そのことは当事者のみならず子供に対しても困難な状態を出現させた。
以上、判例上の保護を検討してきたが、ここでもやはり事実婚に婚姻の規定を準用していない。従って、The Family Law Act 1975 の適用を受ける場合と比較して事実婚解消の際の財産の調整に関しては、著しい不公平が残されていた。そこで、この不公平を解消するために州法による保護が図られることになる(28)。
そこで問題となるのは、The
Family Law Act 1975 の原理をどこまで事実婚に適用するかというその範囲である。この問題を考える上で重要なポイントは、事実婚解消の際に生ずる財産分配の不公平および扶養義務を認めないことによる過酷な結果を克服するという目的と、事実婚と婚姻とを同一視することに対する強い反対を克服するという2つの目的をいかに調整するかということである(29)。事実婚に対し道徳的に反する者は、婚姻制度を破壊するという理由で同一視することに反対する。また、自由主義的な考え方で事実婚を肯定する者も、法律上の婚姻制度の義務を避ける目的で事実婚を選択する者にその義務を課するのは不当であるという理由で同一視することに反対する。従って問題は社会的事実として事実婚を承認したうえで、いかにして不公平を無くし、かつ故意に婚姻を避けている者の自治を守るかということである。ニュー・サウス・ウェールズ州のD.F.R.
Act は、この2つの目的を調整するオーストラリアにおける初めての試みである(30)。この法律は事実婚解消の際に生ずる問題に対し広範な裁量権を裁判所に付与すると同時に、婚姻と事実婚を区別しようとする者である(31)。次章ではこの法律を中心に考察する。
(1) Marcia Neave, Legal Responses
to De Facto Relationships, Current Affairs Bulletin, v. 64, no. 3 (1987),
p. 22.
(2) Australian Bureau of Statistics,
Australian Families 1982, ABS Catalogue no. 4408. 0.
(3) Neave, Legal Responses to De
Facto Relationships, p. 20.
(4) New South Wales Law Reform Commission,
Report on De Facto Relationships (1983), p. 45.
(5) この傾向についてはオーストラリアの主要な家族法学者がほとんど共通に指摘している。例えば、Foreman,
O’Ryan, Guide to the De Facto Relationships Act New South Wales, p. 6.
(6) Institute of Family Studiesは、Family
Law Council の研究機関で、オーストラリアの婚姻や家族の安定に影響を及ぼす問題につき調査研究を行っている。
(7) Australian Institute of Family
Studies, Living Together
Working Paper, no. 10 (1986), pp. 18-19.
(8) イギリスにおいても同様の傾向にあり、1977年から1979年までのHouse
Hold Sarvay の調査では、初めて婚姻するものの内20%が以前に同棲の経験があるのに対し、どちらか一方が再婚である場合にはその割合は60%になっていると報告されている。New
South Wales Law Reform Commission, Report on De Facto Relationships (1983),
p. 47.
(9) Ibid., p. 51.
(10)
Fender v. St John Mildmay (1938) AC 1.
(11)
Neave, Legal Responses to De Facto Relationships, p. 22. ここではオーストラリアの判例に影響を及ぼしたイギリスの控訴院の判例が紹介されている。Gammans
v. Ekins (1950) 2 All ER 140. この事件において裁判所は、「死亡した借家人と20年にわたり一緒に居住してきた事実上の夫は、借家人死亡の場合の立退から家族を保護する法律でいう夫婦にあたらない」と判示し、事実上の夫を保護しなかった。この判決の中で、Asquith
判事は「本件のように夫と妻の不利をしているものを家族の構成員とするのは英語の誤用である」と述べている。
(12)
Neave, Legal Responses to De Facto Relationships, p. 23.
(13)
この改正の際に一部の国会議員から「事実婚を承認することは不道徳に賞金を付与することになる」という反対意見があったが、最終的に人道主義が伝統的道徳に打ち勝ったものであると評価されている。Neave,
Legal Responses to De Facto Relationships, p. 23.
(14)
Ibid.
(15)
ニュー・サウス・ウェールズ州および南オーストラリア州においては婚姻の地位による差別を禁じる差別禁止法(ニュー・サウス・ウェールズ
Anti-Discrimination Act 1977 ; 南オーストラリア Equal Opportunity Act 1984)が存在するが、これも事実婚に対し婚姻と同等の地位を与えるものではなく単に合理的な理由のない差別を禁じるものであると解されている。Neave,
Legal Responses to De Facto Relationships, p. 23. 参照。
(16)
Ibid. 裁判所における保護に影響を与えたイギリスの判例として、Dyson Holdings v. Fox (1976) QB
503. が紹介されている。この事件においてイギリス控訴院 (English Court of Appeal) は事実上の妻が家族の一員とみなされるかどうかを審理する上で、1950年の
Gammans v. Ekins (前出注(11)参照)事件の判例の適用を拒否した。その判決の中でBridge 判事は「1950年から1957年の間に・・・・・・婚外結合に対する社会の態度には革命的な変化があった。このような結びつきはかつてよりははるかに普通のこととなった。・・・・・・1975年における普通の人なら、ある程度永続性および安定性が明らかな結びつきであれば、子供の有無にかかわらず一つの家族の一員であると考えるであろう。」と判示した。
(17)
Foreman, O’Ryan, Guide to the De Facto Relationships Act New South
Wales, pp. 6-7.
(18)
Napier v. Pubilic Trustee (WA) (1980) 6 Fam LR 238.
(19)
Richard v. Dove (1974) 1 All ER 888.
(20)
Gissing v. Gissing (1971) AC 886.
(21)
Hohol v. Hohol (1980) 6 Fam LR 49.
(22)
Foreman, O’Ryan, Guide to the De Facto Relationships Act New South
Wales, p. 8.
(23)
Neave, Legal Responses to De Facto Relationships, p. 23.
(24)
法廷信託に関する判例の推移をまとめたものとして、D. M. Haines, Non-Financial Contribution
in De Facto Property Matters, Family Lawyer, v. 4, no. 3, (1989) pp. 8-14.,
no. 4 (1989) pp. 11-15. 参照。
(25)
イギリスの裁判所においては、事実婚当事者の財産上の紛争について当事者間の財産の分配が公平になされるよう信託法利の範囲を拡張してきた。例えば家を建築したり、修繕したりするのに直接自己の労働で貢献したような場合であっても、その者は分担をなしたと認められ信託の成立を認める事例(Cooke
v. Head (1972) 2 All ER 38. ; Eves v. Eves (1975) 3 All ER 768.)や、婚姻費用の分担が存在する場合に自宅以外の財産についても信託の成立を認める事例(Hazell
v. Hazell (1972) 1 WLR 301.)で、たとえ夫婦間の合意がない場合であってもその財産の権利が夫婦の間で共有すべき物であると考えられるような「共有の意思」が存在する場合には信託の成立を認めるという考え方で、事実婚当事者間の財産紛争においては不公平を回避するために信託法理が活用された。また、信託法理以外にも事実婚当事者間の黙示の合意を認めて所有権を有しない者の居住を認める事例(Tanner
v. Tanner (1975) 1 WLR 1346.)も存在した。
(26)
Foreman, O’Ryan, Guide to the De Facto Relationships Act New South
Wales, p. 9.
(27)
Neave, Lagal Responses to De Facto Relationships, p. 24.
(28)
John H. Wade, Discretionary Property Scheme for De Facto Spouses-The
Experiment in New South Wales, Australian Journal of Family Law, v. 2,
no. 1 (1987), pp. 76-77.
(29)
Neave, Legal Responses to De Facto Relationships, p. 25.
(30)
この法律に続いて1987年にヴィクトリア州においても同様の趣旨の立法が財産法の改正という形でなされた(1987 Property
Law Amendament Act )。これは事実婚が解消された際の財産の公平な分配をなす権限を州裁判所に付与するものである。詳しくは、Carol
Martlett, De Facto Relationships : the state of play, Law Institute Journal,
v. 62, no. 3 (1988), pp. 170-171. 参照。
(31)
Neave, Lagal Responses to De Facto Relationships, p. 25.
三 ニュー・サウス・ウェールズ州における事実婚の保護
ニュー・サウス・ウェールズ州では
D.F.R. Act が1984年10月31日に制定され翌年の7月1日から施行されている。これは、連邦の The Family Law Act
1975 と同様の原理を、事実婚に採用したオーストラリアにおける最初の州法である。D.F.R. Act の立法化にともない次のような関連するいくつかの法律が改正された。それは
The Adoption of Children (De Facto Relationships) Amendment Act 1984.
The Compensation to Relatives (De Facto Relationships) Amendment Act 1984.
The Law Reform (Miscellaneous Provisions) (De Facto Relationships) Amendment
Act 1984. The Wills, Probate and Administration (De Facto Relationships)
Amendment Act 1984 である。
この一連の法律は、事実婚解消の際に生ずる問題に対する裁量権を裁判所に与えると同時に、事実婚と婚姻とを区別しようとするものであると言われている(1)。
その特色としては、第1に、D.F.R.
Act は公平な財産の分配を達成するために、事実婚当事者間の財産上の権利を調整する権限を裁判所に付与しているということである。裁判所はその権限を行使する際に、主婦としてなした家事労働および親としてなした子供の養育のような非財産的貢献も含め。財産の取得および維持・改善に対する財産的および財産的貢献をも考慮することになった。これは
The Family Law Act 1975 s. 79 をモデルとするものであるが、事実上の配偶者の将来の必要性を財産分配の際に考慮に入れる権限は与えられていない。この違いは、事実婚解消後は通常お互いにいかなる義務も有すべきでないという考え方に基づくものである。この点でより永続的な義務を当然とする婚姻と区別されている。
第2に、D.F.R.
Act は事実婚解消の際に例外的にお互いの扶養義務を認めているが、それは The Family Law Act 1975 が扶養義務の根拠を相手方配偶者の扶養の必要性に置いている(2)のと異なり、事実婚が原因で事実上の配偶者の所有能力の減少をもたらしたことに根拠を置いている。扶養の必要性は子供の養育をするために生じた場合にのみ例外的に考慮される。この点で婚姻と区別されている。
第3に、D.F.R.
Act は事実上の配偶者での契約は公序良俗に反するという考え方をくつがえした。この法律はある一定の条件はあるが、同棲前および同棲中に当事者間で、裁判所による財産の調整および扶養命令の権限を排除する合意をなすことを認めた。このことは事実婚当事者の地位を他の婚外関係一般と同様の地位に置くことを認めるものであり、婚外関係を選択した者の自治を認めるという点で婚姻とははっきり区別されるものである。
最後に、D.F.R.
Act の立法化にともない改正された The Wills, Probate and Administration (De Facto Relationships)
Amendment Act1984 は、無遺言相続の場合に事実上の配偶者に対して相続権を認めている。この改正について特に議論が多い点は、被相続人に事実上の配偶者と法律上の配偶者がいる場合である。この法律は、被相続人と事実上の配偶者との関係が死亡前2年以上継続する場合には、法律上の配偶者の相続権を排除して事実上の配偶者に相続権を与えるものである(s.
61 B)。その理由は死亡した者が遺言をしていたとすれば、2年間も事実婚を継続しているような場合には、交渉のない法律上の配偶者よりその事実上の配偶者に利益を与えることを意図したであろうという推定に基づくものである。従って、この改正は死亡した者の意図に基づいて遺言を分配するという無遺言相続の考え方に根拠を置くものであり、婚姻と事実婚を同一視するものではない。
以上のように、ニュー・サウス・ウェールズ州の立法は事実婚解消の際に生ずる問題解決のための裁量権を裁判所に付与しながら、事実婚と婚姻とを区別しようとするものである。無遺言相続の場合を除くほかの3点は D.F.R. Act の主要な特色である。これらの特色につき具体的に検討する。
一 財産に関する問題
D.F.R.
Act は、「事実上の配偶者は財産上の権利の調整を裁判所に求めることができる」と規定している(s. 14(1))。財産上の権利の調整を求める控訴手続において裁判所が要求されていることは、できる限り事実婚当事者間の財産関係を終局的に解決するような命令を下し当事者間で将来の紛争を避けるようにすること、および第3の権利を考慮しその保護を図ることである(s.
19)。また事実婚解消の際に生じていた著しい不公平を克服するために、裁判所は「正義公平」に基づく財産分配を行うことを要求されている(s.20(1))とを考慮に入れる。
財産の獲得だけではなくその維持・改善に対する貢献を考慮に入れる点、また財産に対する直接的貢献のみでなく間接的貢献をも考慮に入れる点で従来の保護を拡張するものであるが、特に注目したい点は、家事労働を財産的に評価しない従来のコモン・ロー原理の欠陥の一つを改善した者として、家族の福祉に対する主婦または親としての貢献をも考慮に入れるという点である。さらに、D.F.R. Act s. 20 は貢献と財産との関連性を要求していない。つまり、後見の事実が存在し、事実婚継続中に財産が獲得されたという事実が存在すれば、結果としてその財産は貢献を考慮として分配されるということである。
ところで、D.F.R.
Act は何が「正義公平」であるかを定義していない。そこで裁判所は The Family Law Act 1975 の財産分配の判例を参考にすることになる(3)が、それについて
Wade教授は次のように指摘している(4)。@州最高裁判所(Supreme Court)の裁判官は、The Family Law Act 1975
s. 79 に関する判例に容易に従うことなく D.F.R. Act s. 20 に関する先例を体系化することを意図している。AD.F.R.
Act s. 20 は事実上の配偶者または子供に対する扶養の要素を財産分配の命令の中に含める規定を有しない。Bたとえ実際に配偶者扶養の要素が財産の調節に含まれるとしても、D.F.R.
Act s. 27 は事実婚に起因する経済的損失の補償という意味での不要を想定しており、このことと s. 20 をあわせて考えると、経済的損失は s.
27 において考慮されなかった場合かまたは考慮することができなかった場合においてのみ、s. 20 の財産の調整で考慮すべきであり、このような扶養の命令と財産上の命令との間における補償の技術的配分は、The
Family Law Act 1975 には存在しない。D The Family Law Act 1975
s. 79 とは対照的に .F.R. Act s. 20 は子供の財産の調整については規定していない。E制定法上の要求ではないが、裁判官は財産の調整と扶養の命令をはっきりと区別しながら、可能な限り、まず財産の調整をし次に扶養の命令をすることを慣例としている。
D.F.R.
Act が婚姻と事実婚との区別を維持する ものである以上この指摘は当然のことであり、従って、「正義公平」の基準は州裁判所の判例の積み重ねを待たなければならない。現在のところ
D v. McA (1986) 事件(5)で Powell 判事が示した四段階のアプローチが一応の基準となっている。
そのアプローチとは、まず第一に事実婚当事者の確定および評価をすること、第二に事実上の配偶者による貢献の存在を確定し、もし存在するならばどのような貢献かを確定すること、第三に申立人の貢献が十分に認められ補償されてきたかどうかを確定すること、第四に貢献が十分に認められ補償されるためにどのような命令が要求されているかを確定すること、である。
この四段階のアプローチにはいくつか困難な問題が存在する。例えば、第一段階での財産の確定および評価に関しては、事実婚当事者の財産および財政上の資源の全てが確定され評価されなければならない。それについては D.F.R. Act s. 3(1) で包括的な規定がされており(6)、ここで言う財産および財政上の資源には何らかの価値のあるあらゆるものが含まれることになる。これをどのように解釈するかはやはり判例の積み重ねを待つほかないであろう。また、第二段階の貢献を確定する場合でも、一人の貢献による財産および均等でない貢献による財産をどのように扱うかということも問題となる(7)。このことは
D.F.R. Act s. 20 における財産分配をなす際に、財産を包括的に分配するのかまたは個々の財産ごとに分配するのかという問題とも関連してくる。最近では、このような一人の貢献または均等でない貢献による財産に対しても事実婚が相当な期間継続し、その間に事実上の配偶者の貢献が存在する場合にはこの財産に対する時分は均等化されてくる傾向にあると言われている(8)。他にもいくつかこの四段階のアプローチから派生する問題が考えられるが、まだ判例も数少なく(9)、今後の課題としたい。
次に、財産の均等な分配が
D.F.R. Act s. 20 において可能かどうかという問題である。婚姻の場合には財産が均等に分配されることが多いようである(10)が、事実婚にも同様の傾向が現れてきていると言われている(11)。これについて特に主婦の立場の配偶者から均等な分配は平等な結果を導かないと批判される。この根拠は単に財産を均等に分配するだけでは事実婚に起因する経済的な損失が補償されないという点にあるが、それに対しては
D.F.R. Act s. 27 の再就職の訓練のための扶養で、ある程度緩和されると指摘されている(12)。つまり、D.F.R. Act s.
27 においては事実上の配偶者によって与えられたものは s. 20 ぼ財産の調整により解決し、失われたものは s. 27 の扶養の命令により解決するということが原則とされている(13)。しかしながら、実際問題として特定の財産の移転が命じられたり、一括での支払いが命じられたりした場合には、その中に財産分配および不要の両要素が含まれることになる。このような場合裁判所は両要素の範囲を明確にする必要があるとされる(14)。しかしこの両要素を明確に区別することは財産分配の基準が確定されていない現段階においては困難であろう。
以上述べてきたように、ニュー・サウス・ウェールズ州の
D.F.R. Act における事実上の配偶者間の財産分配の問題では、公平な財産分配がなされるために裁判所に広範な裁量権を付与した点が重要な特色であるが、「正義公平に基づく財産分配の前にはまだ多くの解決しなければならない問題が存在している。この「正義公平」の原則について裁判所が今後どのような基準を確立して公平な財産分配を実現していくか注目したい。
二 扶養に関する問題
事実上の配偶者間の財産分配に関する立法の必要性が一般に認識されてきた一方で、事実婚当事者に扶養を命じる権限を裁判所に与えるべきかどうかという議論が起こってきた(15)。事実婚当事者が婚姻をしないことによって婚姻の効果を回避しようと望んでいたような状況においても、事実上の配偶者の扶養されている地位を継続させるような立法をすることに対しては強い反対があった。それに対して、事実婚のような一般に不平等で容易に搾取的になりがちな関係における経済的な弱者である事実上の配偶者(必ずしも女性であるとは限らないが通常は女性であることが多い)の保護としての扶養義務を認めるという方向へ進むべきであるということが同じく強力に主張されてきた。また、扶養を必要とする重要な要因として子供の福祉という点も指摘されてきた。子供の地位は実際に養育をする親の地位と密接に関連するので、その親の扶養請求を認めるべきであると主張されてきた。D.F.R. Act はこの問題について一つの解決方法を示している。
D.F.R.
Act は、事実婚当事者間の扶養の義務を創設した(s. 27) が、法律上の配偶者間の扶養義務を規定する The Family Law Act
1975 s. 75 と D.F.R. Act s. 27 との間には重大な相違が存在する。D.F.R. Act s.27 の下での扶養は、事実婚当事者間の子供の養育のため、またはその事実婚が原因で所得能力が減少したために請求者が自分を適切に扶養することができない場合に限られている。(s.
27 (1))。
このような例外的な場合に限り扶養義務が生ずるが、期間もまた制限されている(s.
30)。子供の養育を理由とする扶養は、その子供が12歳、または障害のある子供の場合は16歳に達した時に終了する。また、申請者がその子供の養育をすることを中止したときにも終了する。所得能力の減少を理由とする扶養は、その命令を下すことが相当である場合、およびその命令が再就職のための訓練または教育を受けることにより請求者の所得能力の向上を可能にするような場合においてのみ下すことができる。そのような扶養もまた期限を限られたものであり、その扶養命令の日から3年間、事実婚解消の日から4年間のどちらか短いほうの期間である。
このD.F.R.
Act の扶養の規定にはいくつか興味深いものがある。まず第一は、The Family Law Act 1975 s. 72 が「夫婦はお互いを扶養する義務がある」という一般原理を述べているのに対して、D.F.R.
Act は「事実婚当事者はその法律で規定されている場合を除いては他方を扶養する義務はない」(s. 26) と明確に規定している点である。D.F.R.
Act がこのように規定する理由は、事実婚を婚姻と等しく扱うものではないということを人々に納得させるためであるように思われる。オーストラリア人は、おそらく、スウェーデンにおける婚姻とそれ以外の関係との「中立性」(neutrality)
とよばれる考え方に基づく立法よりも、明らかな不公平を救済するという立法の方に、より納得がいくであろう(16)。
第二は、私的扶養と公的扶助との間の関係が
The Family Law Act 1975 では曖昧であるが、D.F.R. Act では、「扶養の命令を下す場合に、裁判所はその命令ができる限り請求者の年金、補償金、給付金等の資格の維持を図ること」、と明確に規定している
(s. 27(3))。この規定は、要扶養者に対する不要というものが第一義的には社会にかからしめられるべきものであるという考え方を示しているものである。この規定は現在オーストラリアでかなり批判されているようである(17)。特に政府が公的支出の削減を考えなければならない状況においては、国民の納得を得るのは難しいであろう。これにつき
Nygh 判事は、「社会保障の目的は、自分たち自身を扶養する十分な資源のない人々を扶養するためのものである。従ってある個人が他の者を扶養する義務を有し、そしてその者がその目的を達成するための十分な資力を有しているような場合には、社会保障の理論的な根拠は存在しない。被告(事実上の配偶者)が扶養料を支払う十分な手段を有しないことが明らかな場合にのみ、裁判所は社会保障の資格を考慮に入れるべきである(18)」と提言している。これは家庭裁判所で一般に採用されている立場である(19)。しかしながら、事実上の配偶者間の扶養義務は、事実婚当事者間の子供の養育のために自分自身を適切に扶養できない場合や、事実婚により所得能力に不利な影響を受け再教育または再訓練を受けることにより能力が回復できる場合に生ずる例外的な義務である。従って、扶養の必要性および扶養能力に基づいて義務を課している婚姻の場合の扶養とは異なり、事実婚の場合の扶養は二次的な要素である(20)。それ故、事実上の配偶者に扶養の必要性がある場合には、第一義的には社会によって扶養されることになるであろう。
三 同棲および別居の合意
同棲および別居の合意とは、同棲をしようとする者または別居をしようとする者が自分たちの財産または扶養の問題を D.F.R. Act によらないで解決をするために結ぶ契約である (s. 44)。この合意は。それが真意によるものであるかどうか、また事実上の配偶者の利益になるものであるかどうかを書く配偶者間で協議した後に弁護士
( solicitor ) が署名することによって証明される (s. 47)。従来この事実婚当事者間の同棲および別居に関する合意は、公序良俗に反するとされてきた(21)。しかしながら、1982年にニュー・サウス・ウェールズ州控訴院
( New South Wales Court of Appeal ) が、Seider v. Schalhofer 事件(22)で「ある期間試験的に同棲して別れるか婚姻するかを考えるという男女の財政上の合意を有効とし、このような合意は現在では公序良俗に反するものではない」という判断を示した。D.F.R.
Act はこの裁判所の考え方に制定法上の根拠を与えるものである。
The
Family Law Act 1975 にも婚姻関係にある配偶者間の合意について定める規定が存在する(s. 87)。これは The Family
Law Act 1975 の下における夫婦の救済に代わって機能するものであれば、その合意は裁判所によって認められるというものである(23)。裁判所はこの合意が適切なものであるかどうかを判断する上で、公共の利益を考慮に入れることになる(24)。これに対して事実上の配偶者間の合意については、裁判所が適切な合意であるかどうかを判断する代わりに弁護士
( solicitor ) の署名による証明を要求している。これは事実婚に対しては、自分たちの問題に対する自治を奨励するものであり、そこでは公共の利益の重要性は軽減される(25)。従って、事実婚当事者は、扶養につき、婚姻当事者間に生ずるのと同様の効果を生じさせる合意をすることも、全く扶養義務を認めない合意をすることも可能である。お互いの扶養義務を排除する合意をした場合には、要扶養者は公的扶助に頼ることになる。現在のオーストラリアにおいては、要扶養者はまず第一に社会によって扶養されるという考え方がここでもとられているようである。
以上のように、ニュー・サウス・ウェールズ州においては、事実婚に関して裁判所が広範な裁量権を持つこととなった。しかし自由裁量の幅があまりにも広いと、先例として機能する一定の基準を確立するのは困難となり、規定の意味が失われる可能性があると Wade 教授は指摘する(26)。D.F.R. Act に対する一般人の関心は法律家の予想に反してまだ余り高くないようであるが、今後事実婚に関する争いは必ず増加すると予想される(27)。今後オーストラリアにおける判例の積み重ねの中でどのような基準が確立されるのか注目したい。
(1) Neave, Legal Responses to De Facto Relationships, pp.
25-26.
(2) 連邦裁判所は扶養について裁量権を与えられている。扶養の命令を下す際には The Family Law Act
1975 に掲げられた必要性を考慮することになるが、その規定は包括的なものであり「裁判所が公平な裁判を行うために考慮に入れることを必要とする全ての事実あるいは事情」(s.
75) と規定されている。
(3) 州最高裁判所において The Family Law Act 1975 の判例が引用される場合もあったが、それは先例としてではなく
D.F.R. Act の解説として用いられたことが指摘されている。John H. Wade, De Facto Relationships
Act 1984 (N.S.W.) and Its Effect upon Property, Maintenance and Financial
Agreements, p. 28.
(4) Ibid.
(5) D v. McA (1986) 11 Fam LR 214.
(6) この財産に関する規定は In the Marriage of DL and E J Duff (1977)
3 Fam LR 11, 211 事件において家庭裁判所の大法廷でなされた定義の簡明な要約であると述べられている。Foreman, O’Ryan,
Guide to the De Facto Relationships Act New South Wales, p. 19.
(7) 一人の貢献または均等でない貢献による財産の例として、事実上の婚姻の継続中に配偶者が得た贈与または相続による財産、事実上の婚姻開始以前の財産、別居後の財産、宝くじの賞金、一方の配偶者の事業または熱心な仕事によって蓄積された財産、が挙げられている。Wade,
De Facto Relationships Act 1984 (N.S.W.) and Its Effect upon Property,
maintenance and Financial Agreements, p. 33.
(8) Ibid.
(9) 1986年までの判例については John H. Wade, De Facto Relationships
Act-the First property order decisions, Law Society Journal, v. 24, no.
9 (1986), pp. 28-33. に詳しい。
(10)婚姻解消の際には蓄積された財産の種類、価値、婚姻期間、夫婦の役割という要素によって配分が確定され、以下の場合には均等に分割されることが多いとされている。@婚姻の継続期間が4年をこえる場合。A継続期間中に蓄えられた財産が家、車、家財道具、年金、貯金から成る場合。B財産が30万ドル以下と評価される場合。C養育する子供がいない場合。D他に複雑な問題がない場合。Wade, De Facto Relationships Act 1984 (N.S.W.) and Its Effect upon
Property, Maintenance and Financial Agreements, p. 33.
(11)Ibid.
(12)Wade,
De Facto Relationships Act 1984 (N.S.W.) and Its Effect upon Property,
Maintenance and Financial Agreements, p. 33.
(13)Ibid.,
p.27.
(14)New
South Wales Law Reform Commission Report on De Facto Relationships (1983)
pp. 181-182.
(15)Richard
Chisholm, De Facto Relationships Legislation in New South Wales, Australian
Journal of Family Law, v. 1, no. 1 (1986), p. 90.
(16)Ibid.
(17)Ibid.,
p. 91.
(18)New
South Wales Law Reform Commission, Report on De Facto Relationships (1983),
p. 166.
(19)In
the Marriage of F (1982) 8 Fam LR 29.
(20)s.
27 参照。
(21)Chisholm,
De Facto Relationships Legislation in New South Wales, p. 92.
(22)Seidler
v. Schallhofer (1982) 8 Fam LR 598. この判決の中で、Hutley 判事は事実婚を承認して以下のように述べている。「州法および連邦法により事実婚が承認されている現状においては、それを道徳主義者がどのように非難しようとも立法者が事実婚に保護を与えている以上、法はそのような関係を承認するものである」。
(23)Chisholm,
De Facto Relationships Legislation in New South Wales, p. 92.
(24)Ibid.
(25)Ibid.
(26)Wade,
De Facto Property-Remedial legislation and Chancellor’s Foot, p. 53.
(27)Wade,
Discretionary Property Scheme for De Facto Spouses, p. 76.
おわりに
オーストラリアにおける事実婚の保護を
D.F.R. Act を中心に考察してきたが、この法律は事実婚を積極的に維持するものではなく、単に社会に存在する事実として承認し、解消の際に生じる問題を適切に処理する権限を裁判所に付与したものであると思われる。
ここでの考え方は、事実婚をしたことによって配偶者が与えた利益を財産分配の際に返還し、反対に失った利益については扶養によって補償するとともに、合わせて当事者の自治を認めようとしているものと考えられる。
現在、事実婚対する保護は、信託の法理を拡げるという方法と立法により解決するという方法の2つの流れが存在する(1)。オーストラリアにおいては従来裁判所は事実婚の保護に対しては消極的であったが、D.F.R.
Act の制定以後裁判所も事実婚に対してその保護を拡張する傾向にあるといわれている(2)。オーストラリア国内において最終的にどちらが選択されるか、またニュー・サウス・ウェールズ州のような立法による保護に対し諸外国がどのような反応を示すのか興味のあるところである。
今日のオーストラリアにおいては、ほぼ7割の人が事実婚を肯定していると報告されており(3)、法律をささえる社会は大きく移り変わってきている。法は、社会の考え方を反映し現実の生活に合致したものでなければならないのであるから(4)、このような状況の下では、もはや事実婚を無視することはできない。もちろん婚姻の制度を否定するわけではない。従って、法律上の婚姻を維持しながら事実婚に対していかに対応していくかが大きな課題であり、D.F.R. Act は一つの貴重な試みといえるであろう。
(1) Wade, Discretionary Property Scheme for De Facto Spouses,
pp. 76-77.
(2) Ibid., p. 77.
(3) オーストラリアの The Sun Herald 新聞が1983年に行った世論調査では、事実婚を肯定する者が66%であったと報告されている。1977年の調査では52%であったことから考えると6年間で14%も事実婚を肯定する者が増加したことになる。Foreman,
O’Ryan, Guide to the De Facto Relationships Act New South Wales, p. 6.
による。
(4) Finlay, Family Law in Australia 3rd ed., p. 99.
本稿執筆にあたり、シドニー大学の
Wade 教授から貴重な資料の提供およびアドバイスを受けた。特に本論文中に引用した De Facto Relationships Act 1984
(N.S.W.) and Its Effect upon Property, Maintenance and Financial Agreement
は、教授がシドニー大学ロースクールの大学院の講義案として作成されたものである。
本稿は、著者が1989年1月に広島大学に提供した修士論文に修正を加えたものである。論文作成にあたり、指導教官である中川淳教授には多くのご教示をたまわった。深甚なる謝意を表すとともに、ここに先生の退官記念論集に本稿を捧げる。
|